『モンスターズ』

【Monsters / 地球外生命体】
「SF、クリーチャー、低予算」と来ると、もう無条件でツボでして、観ないわけには行きませんでした。しかし、作品の鮮度には全く興味がなく、普段劇場には滅多に行かない自分は、本作が渡辺謙がキャスティングされている2014年のゴジラを作った監督の、長編デビュー作だとは全く知りませんでした。これは正直掘り出し物です。この手の作品を観るからには、特殊効果なりアクションシーンなりの出来を期待する人が多いのかも知れませんが、制作費たかだか50万ドルの作品にそんなもの期待するのは間違ってます。直球のカタルシスが欲しければ、こんな超マイナーな作品を選ぶ必要はありません。そのへんの機微が解る人だけが観ればいいのです。

個人的には、SF映画はプロットが命だと考えています。では、本作のプロットはというと、地球外生命体のサンプルを採取したNASAの探査機が、大気圏突入時にメキシコ上空で大破して…という、非常にチープなものなのです。しかし、それが実際に作品内の各オブジェクトに落とし込まれた結果、まんまタコっていうクリーチャーの姿は「カッコ苦笑」だとして、南米北部のかなりのエリアを「INFECTED ZONE(=汚染地域)」とした描写は、非常なリアリティを持って迫ってきました。説得力は細部に宿るのですよ。本作においては、低予算ながらこの汚染地帯の演出がかなり丁寧なのです。

そして、肝心のストーリーですが、クリーチャーとのガチ勝負を描いては予算不足を絶対に補えないと監督が判断したのでしょう。クリーチャーの存在はあくまでシチュエーションであり、その極限状態での人間模様、具体的には「男女関係における吊り橋効果」に的を絞ったことが、成功したのだと思います。新聞社に写真を提供しているダメ男カメラマンが、別の男と婚約中のその新聞社の社長令嬢を無事に本国に送り届けるミッションを言い渡されるのですが、トラブルから安全が保障されている海路を絶たれ、危険な陸路を進むことになります。90分ちょっとの短い中で、男と女それぞれの立場、こんな特殊な状況の中でなければ絶対に起こり得なかったであろうシンパシーなどが効率的に描かれ、最後にはまぁ予想された展開となります。

が、低予算作品にありがちな「観ている者への荒削りなショック」を、本作も忘れていませんでした。レビューの中に、「二度目に気が付いた」という旨を発見し、何のことだろうと思ったのですが、初回にかなり酔っていた自分は、全体を確認するためもう一度最初から観て、衝撃を受けました。最後まで観て、あぁまぁこのオチだったら良かったんじゃないの?とほんわかしていた自分を奈落に突き落とす事実でした。二回観るのはマストではありませんが、最初見終わった後に冒頭を見返すことは強くお勧めします。

Amazon Prime Videoでは現在無料です。Gyaoでも観られるようです。

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『秒速5センチメートル』

http://www.cwfilms.jp/5cm/

新海誠という監督さん含め、前知識は一切ありませんでした。ただ、Twitterのトレンドワードに挙がっていたというだけで、NHK BSプレミアムでやっていたのを録画して観てしまったのです。

なんだこの切なさメガトン級の爆弾は。今劇場でやっているといった作品ではないので、ほんのちょっとだけネタバレ気味で行きますが、本作は「これまでの人生で、最も好きだった人と一緒にいることができなかった者達へのレクイエム」ですわ。ここまで思春期のお膳立てが完璧、且つその後の凋落ぶりがはっきりしている例は恐らくレアなんだと思いますが、ともあれ人を本気で好きになったことのある者にとっては、程度の差こそあれ古傷が疼くような内容であることは間違いないでしょう。

でもね、タカキ君のバカラのガラス細工のような孤高且つ繊細なメンタリティを持ってる人というのは、そうはいないと思います。あそこまで一途で、どうして添い遂げられないのか、適当な相手で妥協してしまうのか、正直そこが不自然に感じられます。まぁね、いるよこういうヤツ。自分がどれだけイケていて、恵まれているかに無自覚なの。ストイックでカッチョよく見えるんだけど、でも押しが弱くちゃどうしようもないのよ。なんで好きな女がいるのに突き進まずに、手近なところで妥協するわけ? 相手に失礼だろうが。お前が不幸なのはお前のせいだよ。でも、お前がブレてるせいで他人を不幸にしてるのはダメだろ。なんだよ3年付き合って縮まった距離が1cmって。3年なんて付き合ったら、過去にどんな美しい思い出があっても捨てるぞ。どんだけの理想持ってんねんて。

タカキ君は、本当に好きな女をモノに出来ないだけでなく、自分を好いてくれている女達を悉く不幸にする最悪のダメンズです。あ、イケメンへの僻みではありませんので。

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伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』

作者の伊坂氏は、自分の同級生の中では久保純子氏と双璧をなす有名人であり、だからというわけでは…いや恐らく、無意識に自分と比して成功者を敬遠していたというのが実態だったんでしょう。しかし、ある時遅まきながら彼の『重力ピエロ』を読み、なんだよ無条件に面白いじゃないか。こんなの書ける人間相手に勝手に気後れを抱いているのはアホらしいと吹っ切れたのでした。

もう一作読んだくらいで知った気になるのは早計ではあるのですが、先ずはとにかくテンポがいい。畳み掛ける展開。本作でも、物語の主軸となる案件はたったの数日で完結しており、その中で実にダイナミックに目まぐるしく人が動き、事が動きます。そして作風として、事象にも感情にも偏り過ぎず、また鼻持ちならぬほど気取りもせず、かといって白けるほどに砕けてもいない、絶妙なバランス感覚に裏打ちされています。プロットだけは論理的に隙がありませんとか、どいつもこいつも思ったことをフィルター通さず言ってますとか、そういう自己満足的なところがありません。全ては読み手のワクワク感のために、そしてラストの大団円への収束のために、非常に丁寧に書かれています。

一介の市民が突如として空前の犯罪の犯人に仕立て上げられる恐怖と理不尽さ、そんな中でその”犯人”と昔の恋人とが「決して交わることない」(読んでいて、そうは思えない錯覚に陥りますが)ままに、しかし共に事態を快方に向かわせようと奮闘する姿。彼らが、交わることのないままに互いを信じられることの拠り所として、繰り返し描かれる学生時代のエピソード。そして”犯人”の人柄なり信念なりの許に集まってくる友人、同僚、そして意外な人物から差し伸べられる助けなどが、複雑な織物のように重なります。

そして、スリリングな展開の果てに待っている、驚愕のラスト。途中、事実を淡々と羅列する章が挟まることで、合理的な説明がなされるものと期待していた事件の顛末、全貌が、まさかの…。
もしかして、作者自身に非常に強い思い入れのある仙台という街であったり、ビートルズの曲であったりといったファクター、そしてこれも彼自身の体験なのか、若い時分の忘れ難き良き記憶といったもの達を純粋に紡ぎあげていったら、こんな作品が出来てしまいました、ということなのかも知れないなとも推察。とにかく、読んでる間中「ゴールデン・スランバー」が脳内ヘヴィロテされるのは間違いありません。それだけで泣きそう。あと、せっかくなので彼の原作の中では最も評価が高いと噂される映画版も、いつか観てみたいと思います。

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『ワイルドシングス』

そういやこんな映画もあったなぁと、ジャケ写を観てぼんやり感じたのですが、さすがに18年も前の作品だとは思いもしませんでした。単にちょっとエロいだけのお手軽サスペンスかとナメて観始めたんですが、これがまぁ180度どころか一周通り越しちゃう540度レベルのドンデン返しムービーでして、制作サイドのドヤ顔が見えるようです。…って、製作総指揮がなんとケビン・ベーコン。きっとカンのいい人は、その時点で「傾向と対策」が出来ちゃうんでしょうが、自分はかなりギリギリまでまんまとノせられてしまいました。
先にキャストを紹介してしまうと、先ずはネーヴ・キャンベル。自分『スクリーム』って全く観たことないんで、顔だけしか知りませんでしたが、演技は普通に及第点超え。そして次にデニス・リチャーズ。『スターシップ・トゥルーパーズ』と言われると、なんとなくあぁそうだったかしらと思うものの、あれはハリボテの群れが主役の映画なんで、やはり思い出せませんw。ともあれ、他でのキャリアとか、チャーリー・シーンの元嫁だとか、そんなのはどうでもいいです。とにかくエロ可愛い! シャレにならん。ストーリーはいいからもっとエロシーンをくれ(爆)。で、あとは野郎なんで興味ないですね。マット・ディロンって、ただのイケメンじゃん。

で、こんな「観客ダマしてナンボ」の作品をネタバレ極力ナシで紹介するってのが、既にミッション・インポッシブルなんですが、そこはなんとか上手いこと。本作、どこでレビューを見ても「二転三転」だの「四転五転」だの、罠の数だけに感心したり呆れたりしていることが多いんですが、冷静に分析すると、最初のチャブ台返しである裁判直後の真相ネタバラシが一転で、あとは最後の最後でそう来たか!となるオチに至るまでの展開は、全部でまとめて一転というのが本質的な構成なんだろうなと。つまり、大きくは二転で、後半の矢継ぎ早なドタバタはサブルーチンみたいなものかと。で、多くの人がこの後半のマトリョーシカみたいな作りにリアルタイムで食傷していくようですね。言ってしまうと、本作は恐らく先ず目的ありきなんですよ。それがつまり、最後まで絶対に真相を見破らせないことなんです。その「KGI:してやられた感の醸成、KPI:騙し率100%」みたいなのがあっての展開なので、一度観ただけでは「どうも整合取れてない気がする」という、納得出来ない感がモワァンと残ってしまうんですね。

しかし、一度しか観てないし、もう二度と観ることもない自分がエラそうに言うのもなんですが、これは俄かサスペンスマニアが小馬鹿にできるような作品ではないです。というのは、普通の人間が一度観終わった時点で完全に全貌が判るような難易度にはなっていません。それくらいは複雑に練ってあります。終わった瞬間に、どうも判然としないこの残尿感のようないやぁな心象。これこそがサスペンスの醍醐味ではないでしょうか。例えば、本筋とは直接関係ないんでしょうが、サンドラの旦那が死んだ理由とか、ラストでワニ男がスージーの持っていたヨットを処分する際のやけに冷静な態度とか、とにかくちゃんと観客に提示されていないであろう背景がかなりあるのです。その割には、主要人物達の攻防が激し過ぎて、ドッキリ命みたいな作りに感じられてしまうのが残念です。

実際見終わった直後にやらなければならないのは、「どの時点で誰がどこまで事情を把握していたのか」を検証する作業です。これをやらないと、本当にドッキリありきでテキトーに作られた作品なのか、それとも予想以上に緻密に作られているのかが判断できません。個人的には、相当無理に組み上げたプロットであるという印象はありますが、しかし破綻があるようにまでは思えません。真犯人が何をやりたかったのか解らなかったとか、効率悪いとかって意見が見受けられましたが、それぞれの事象にちゃんと動機はあったしそれなりに描かれてもいたと思います。ただ、土俵に乗ったキャストが全員シナリオ通りに動いてしまうというフィクション感だけは、どうにも払拭できませんが。

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ミッションインポッシブルシリーズ:『M:i:Ⅲ』『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』

確か1作目は劇場で観たはずで、デ・パルマ節全開の演出も含めこれぞスパイ映画!と大満足、2作目のジョン・ウー監督作は「これ、単なるアクション映画では…」と肩透かしを喰らった印象で、そこで止まってしまっていた我がMI歴。しかし、この度Kindle購入をきっかけにAmazonプライム会員になり、その「プライム映画」という特典のお陰で、3・4作目を観ることができました。

それで先ず、本シリーズの大ファンで、封切り毎に劇場に行っている方には無用でしょうが、自分のような中途半端なファン向けにアドバイスがあります。『M:i:Ⅲ』と『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』は、是非続けて観てください(最新作は未見なのでなんとも言えませんが)。3作目でいきなり普通の幸せを手に入れているイーサンですが、職業柄そんな上手く行くもんかいな…とは誰しもが思うことで、その点が4作目の全編に亘り背景として描かれているわけですが、4作目のラストである意味どんでん返しが。この納得感というかカタルシスというかは、この2本を続けて観ないと得られません。

さて、それではそれぞれのレビューです。『M:i:Ⅲ』は冒頭があまりにショッキングで(手法としてはフラッシュフォワードというそうですが)、観る者はその呪縛に捕らえられたままそこに至る過程を追うことになります。気分は最悪です。本作の敵役を演じているのはフィリップ・シーモア・ホフマンなんですが、個人的には『マグノリア』でトムと競演していたことくらいしか記憶になく、その時の役柄からすれば今回の悪辣ぶりは完全に青天の霹靂です。いやまぁとにかく怖い! キャスティング最大の肝であるラスボスがこれであれば、作品の質は担保されたも同然です。

実際、テンポの良い展開、アクションのスケール感(特に『トゥルーライズ』を彷彿とさせる橋のシーンは圧巻)は絶品です。また、事の真相となる真の黒幕の顛末も、勘のいい人はすぐに判るのでしょうが、自分は制作サイドの意図通りにクライマックス直前まで騙されました。が、スパイ映画といえばチームプレイ、という点でいうと、今回のチームはイマイチ個々のキャラが立っていない(いかにもテンポラリなチームとの印象)ところが残念でした。また、後半のターゲットとなるブツがショボ過ぎて説得力がないのがなぁと。あんなオモチャに命懸けですかと。また、冒頭がアレで最後がコレですか、というシリアス度の落差もやや。

次に『ゴーストプロトコル』ですが、冒頭から投獄の身のイーサン、気が付けば本部から見捨てられて完全孤立となったチーム。しかし、今回のチームは極小人数においてキャラの立たせ方が上手い。無駄なくそれぞれに必要な役割がアサインされており、特にこれまでになかった和ませ役が、フザけ過ぎることなく絶妙なバランス。

そして作品毎に話題となるアクションシーンについても、超高層ビルでの手袋ギミックを用いた圧巻のシーンを始め、クライマックスでの立体駐車場での死闘など、全編ギッシリ。今回、悪役のキャラ立ちという点では前作に全く及ばないものの、核兵器への偏執振りは十分効果的で、ラストのハラハラに十分貢献していました。

そして本当の最後、真にバディであった今回チームのエージェントに対する真相の告白と、観客に対する披露に至っては、前作のラストで抱いた過剰なハッピー感に対する違和感を相殺して有り余る程の、静かながら充実した内容でした。

これで、最新作『ローグ・ネーション』への期待はいやがおうにも高まりました。必ずや観たいと思います。

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東野圭吾『宿命』『どちらかが彼女を殺した』

ここのところの忙しさの反動か、無考えにただ読みたいだけの本をごっそり買ってきました。1冊読んでみて反りが合うなと思うと、ついつい安直に同じ作家の作品を連続で読んでしまう傾向があるんですが、彼もその一人です。とても愛好家と胸を張れるほどの数を読んではいないので迂闊なことは言えないんですが、今回この2作品を立て続けに読んで感じたのは、語弊があるかも知れませんが、作品毎にテーマとなるギミックを設定して、その価値を最大化するために精緻に筆を進めるタイプの作家だなということです。

ギミックと書くと非常に安っぽく捉えられてしまいそうですが、プロット上の罠というのが正確なところでしょうか。基本、サスペンスなりミステリーなりといったジャンルなので、読者に対しある程度罠が仕掛けられるのは当然なのですが、作家によって罠の担う重さなり、作品のオリジナリティのプロットへの依存度なりといったものは違います。人物の感情の動きを丁寧・繊細に描くことで、あくまで読者の感動はそこに起因させ、ギミックは副次的なものに留める作家もいれば、完全にプロットの奇異さに作品のアイデンティティを全て委ねてしまっている、日本語も覚束ない三流作家もいます。では東野圭吾はどうかというと、「エンターテイメントとしていい按配である」という評価になるでしょうか。

この2作品は、たまたま自分が書店の彼のコーナーで適当に手に取っただけで、ギミックのタイプも作品のスケール感も全く異なります。が、やろうと思えばできるであろう、登場人物の感情のダイナミクスで読者の琴線を刺激するということをせず、仕掛けておいたプロット上の罠によるサプライズの方を優先させるというところに、類似点が見て取れます。
いや、実際には作者としてはギミックはあくまでスパイスで、感情描写を捉えて欲しいという想いがあったのかも知れませんが、正直この人の書き口というのが、どうにも叙事的なんですよね。作家によっては、事象ばかりを淡々と述べているようで、その実こちらには各人物の機微が非常に生々しく伝わってくるということもあるんですが、彼の場合は逆で、感情の細やかな動きを述べているはずなのに、それらがリアリティを持ってこちらに響かない。

『宿命』については、小学校時代のライバル同士が刑事と被疑者となっており、そこにヒロインが絶望的な絡み方をすることで、否が応でもドラマチックに盛り上がるわけですが、読者が自然と期待する展開には、嫌がらせかのようにしないというところが、結局ギミック(男二人の関係、およびキーとなる女性との関係)だけが印象に残り、得るものがなかったなぁ的な感覚に陥る理由なのではないかと。個人的なギミック難易度は70%くらいなんですが、平均を採ればかなり低そうな気もします。
ちなみに、東野作品が好きな同僚が言うには、作者は女性嫌いまたは女性不信の傾向があるとのことなんですが、なるほどだから主人公とヒロインが最後こうなるんだろうなぁと妙に納得してしまいます。

『どちらかが彼女を殺した』は、ある種「難関校の受験問題」のようなもので、且つ文庫化にあたり重要描写をカットしてさらに難易度を高くしたそうで、最初から犯人当てなぞする気のない自分のような与太読者にとっては、もぉわけが解りません。あまりに「どちらが犯人か」という描写ばかりなので、自分はナナメ上の予想をしていたのですが、結果については是非実際に読んでいただきたく。せっかくお馴染みの加賀恭一郎が出てくるにも関わらず、本作においては完全に脇役というか敵役というか、よって彼の心情描写は皆無で、それが本作を「受験問題」化している一因でもあるのかなと。クライマックス、「犯人」「犯人でないほう」って、ギミック極まれりでないの…。最後、主人公と加賀のやり取りに大団円的なものが凝縮されているとは感じますが。

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『プリデスティネーション』

イーサン・ホークといえば、確か『トレーニング デイ』の後に脚本家業を優先させたが故にユマ・サーマンに愛想を尽かされたんじゃなかったっけな…という記憶がありましたが、実際最近表舞台ではだいぶ鳴りを潜めていたように思えます。で、別に特段彼を観たくてチョイスしたわけではなく、正直観るまでは存在すらも知らなかったんですが、原作があのハインラインとのことで、『スターシップ・トゥルーパーズ』に大いに萌えた身としては、駄作は有り得ないだろうと。結果的には大いに満足した作品でした(監督もテイストも全然違いますが…)。

全編に亘りタイムパラドクスがテーマとなっていますが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』から筒井康隆の『笑うな』に至るまで(どんなチョイスの仕方だ…)タイムトラベルものは数あれど、この飛び道具感は半端ではありません。

時空を自在に超えられるエージェントである主人公。ミッションを帯びてジャンプした先で、数奇な生い立ちを持つ青年の話を訊くことになる…。この話がまぁ長いんですわ! おいおいこのまま終わりまで突き進んじゃうんじゃないかと思うほどに。まぁでも内容が面白いので引き込まれてしまいますが。

ネタバレをさせないのが自分のレビューの主義なので難儀ながら解説しますが、肝となる部分を一切隠しつつ、本作におけるサスペンスとしてのポイント(なりギミックなり)を挙げると、恐らく以下の4点になります。
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1). 青年の運命を変えた男の正体
2). フィズル・ボマーの正体
3). 青年の出生の秘密
4). 主人公と青年との関係
(0).として、青年のフィジカルな事情がありますが、それは冒頭すぐに明かされるのでカウントしません)
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自分は割とあっさりと騙されてしまうというか、仕掛けに載せられてしまうクチではありますが、1).と2).に関しては、ストーリーの進行具合で「ふむふむ、多分そういうことだよね」と、ネタバラシの手前でちゃんと合点することができ、満足です(なんと低レベルな…)。しかし、4).に関しては完全に予測範疇を超えていました。無理が通れば道理が引っ込むとは言うが、そんなのアリかよと。

いや、無理が通るといえば、3).が最も衝撃的ですが、あまりに淡々と「はい、ここはこういうことなんで、深く考えずに流してください」的な描かれ方をするもので、観てる最中はスルーしてしまいました。正直ド肝抜かれ過ぎて。劇中「鶏が先か、タマゴが先か」というセリフが出てくるのですが、タイムパラドクスもここまで徹底して突き抜けると清々しいものですね。

ただしあまりに突き抜けすぎて、プロットとして、またストーリー展開上に齟齬がないかどうか、観ている最中も、観終わった後に思い出してみてもどうもスッキリしません。本当にこの話って辻褄合ってんのかなと。しかし、それは我々が時間というものが不可逆であると、そして同じ時間を違うタイミングで同時並行的に過ごすことができないと信じているからこその違和感であって、そこがクリアになれば物理的な条件としては恐らく齟齬がないのです。ただ、はっきり断言できないのが気持ちの悪いところなんですが…。

最後に、あまりリアルタイムで映画を観ない身としてはよくあることなんですが、自分の知らなかったきれいな女優さんを発見すると嬉しくなりますね。本作におけるサラ・スヌークは、自分にとってはアマンダ・セイフライド(orサイフリード)以来の大ヒットでした。ジョディ・フォスターの面影がある、知的で地味目な美人。たまらん!

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『ゴーン・ガール』

ほとんど劇場で映画を観ることがないんですが、たまたまそういう機会がやってきたとなると、是非とも自分の好きなジャンルを観たいなと思うわけです。世の中的には、男性向きとしては『アメリカン・スナイパー』一色というタイミングだったのですが、自分としては極上の虚構に酔いたいと思い探したところ、まだギリギリ本作をやっている劇場があったので、わざわざ都心に出向き、席数50ちょっとのちっさい劇場で観てきました。

皆さんはデヴィッド・フィンチャーという監督をご存じでしょうか? SF界で既に古典となる初作、ジェームズ・キャメロンによるアメージングな2作目というハードルの中、『エイリアン』シリーズの3作目で鮮烈なデビューを飾って以降、トラウマ必須の『セブン』、『ファイト・クラブ』『パニック・ルーム』など、とにかく男のハラハラ欲・マッシヴ欲を存分に満たす怪作を世に送り出してきた人です。この人の作品というだけで無条件に観る価値がある、というのが私見です。

で、本作ですが、行方不明になった妻を公開捜査で捜す、というプロット自体は問題ないとして、まぁこれほどまでに観ていない人に説明のしづらい作品はありません。ですが、自分のポリシーとしてネタバレなしでレビューしなければならないので、ミッション・インポッシブルをなんとかします。

先ず、予告を観て期待を膨らませましょう。観終わった方々のレビューに多くある通り、本作の予告編は巧く出来ています。これで、ストーリーの概要について事前にイメージを作っておくこと。それが結果的に、得られる成果の大きさに繋がります。

本作では犯人自体は中盤で明かされ、つまり犯人捜しが目的となるサスペンスではないことがこちらに提示されるのですが、そうなると本作の狙いは何か? 一つにサイコパスの心理・行動を追体験することにより冷たく静かな恐怖を与えること。実際その「犯行のネタバラシ」があまりに衝撃的で、ポカーンとする以外にありません。そして元の犯行よりもさらにショッキングなのが、犯人が巻き込まれたアクシデントへの「対処方法があまりに冷酷であること」、また「アクシデントをトリガーに自分の筋書をリライトしてしまう、機転の良さ」、つまり後半、サイコパスとしての比類なきレベルの高さに圧倒されることになるのです。

もう一つのテーマが「夫婦の在り方」です。クライマックスで妻から放たれる「それが夫婦というものでしょう」という言葉。世界中の夫婦が、程度の差やそれがどれだけ上手く行っているかの差はあれ、自分をある程度抑えて(あるいは押し殺し)相手との妥結点を見出しているのであって、この夫婦はまぁ極端な例ですがね…というシニカルな制作意図をビシビシと感じます。

作品内で設定された夫・妻の役どころとして、ベン・アフレックと、ロザムンド・パイクの演技は完璧です。特に本作までほぼ無名だったとも言える妻に関しては、多面性を持つ難しい役でしたが、完全に魅了されました。そしてもう一人、最期に永過ぎる枷を負った夫を想い号泣する双子の妹も、いい演技だったと思います。

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酒は飲んでも飲まれるな。

当方強くもないのにガバガバ飲んでしまい、挙句正気を失うという失態を、幾度となく繰り返してきました。数年前まで、人様に吐瀉救護(そんな言葉があるのかは解りませんが…)までしていただいたり、家の中でピーーーーーッしたり(恥ずかしくて書けません…)していたのですが、一旦そこで反省し、なんとか社会人として最低限のマナーレベルをキープしていました。

しかし昨年末、気心知れたメンバーということで油断してしまったようで、久々に社会人としての許容レベルを逸脱する粗相をしてしまい、一緒にいた方々に多大な迷惑をお掛けしてしまいました。記憶がないという時点で、危機管理能力の欠如を露呈しているわけですが、今後同様の過ちを犯さないためにも、今回の経緯分析と今後の対応についてここに記しておきます。

今回、二次会のカラオケ屋での飲み放題で許容量を超えてしまったようで、一緒にいた男性メンバー2名が両脇を抱えて駅に向かったものの、その途上で鶏風情が大声で暴言を吐く、路上で人様にぶつかる、さらには女性メンバーに抱き着くといった数々の暴挙を行なった上で、結局駅で手が付けられない状況になり、置き去りにされることになりました。結末については、あまりに自分が酷い状態で、且つ各位の終電が迫っていたこともあり、至極当然の成り行きと思っています。却って、そこまでなんとかアテンドしてくれた各位に感謝の念で一杯です。

その後、メンバーから状況を報告してもらった上で、今後同じ轍を踏まないために、以下分析と対処方法を記します。
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1). アルコール摂取量のマネージ
 そもそも、そんなことができとらんかったのか!とのツッコミがありそうですが、できてないから今回のような悲劇が起こるわけです。最低限、チェイサーとなるものを同時にオーダーしておくくらいのことはやっておかないといけません。

2). 目的の設定と確認
 その飲み会が何のために行われるのか、きちんと認識した上で臨みます。誰かの送別会であれば、その人に喜んでいただかないといけませんし、特定の方向けのイベントでなくとも、参加者各位に有意義だったと感じてもらわなければなりません。
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以上、簡単ではありますが。これをお読みの方が、鶏風情と酒の席をご一緒いただく機会があれば、「ウーロン茶も同時に頼め。それで、今宵の目的はなんだ?」と責めていただければ幸いです。

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サキンの次はウキン

全くの寝耳にウォーターです。いや、そういうのお上には通用しないんでしょうが、だってほんとに解んなかったんだもん(涙)。

バンドでスタジオに入って、帰りにメンバーを渋谷駅まで送っていったんですが、道玄坂を下って行って246号に入ろうと思って山手線のガードを潜った先で右折したところ、お巡りさんに「そこ、ウキンですよ」と停められました。実際全く右折禁止の認識はなかったんですが、お巡りさん曰く「朝何時から夜何時までは右折禁止で、道の左側に標識が出てるんです」とのこと。まぁお上のいうことなので、実際そうなんでしょう。その場では現場に戻って確認するという方策は思い浮かばなかったので、素直に切符切られちゃいました(落涙)。

皆さん、交通法規違反で切符切られたことってあります? 自分は1年くらい前に地元で、娘を幼稚園に送っていった帰りに初めて「左折禁止違反」で切られました。その時はまさにピンポイントで、確か朝の7:30から9時までに左折しちゃいけない場所を曲がってしまい、その先に待機していたパトカーに停められたんでした。確かに、その後通った際に確認ところ、左側どころか道路の上部にでぇぇんと「左折禁止」標識が出ていたので、こりゃ言い逃れ出来んなと思ったんですが、今回は全く判りませんでした。嫁さんに経緯を話した際に、ともかく現場に戻ってちゃんと右折禁止が認識できたかどうかを確認すべきだったとの指摘を受けたんですが、その場でそんな機転は利かず…orz

で、結局素直にお縄をちょうだいしたわけですが、7,000円ですよ…。貧乏リーマンにとって、この額はクリティカルヒット、というかもぉほぼ死刑宣告です。まぁそれは大袈裟ですが、ともあれ通常の生活費から出せる金額ではありません。近々銀行に行って、定期崩します(爆)。前回の「左禁」の際にも、銀行に走った記憶があります。今回は「右禁(お巡りさんがそう言ってた)」なわけですが、ひとまずなんとか現金を工面して銀行に行かねばなりません。正直、泣くに泣けないです。とはいえ、自分のミスなので、仕方ないですよね…。

前回の「サキン」の際にはゴールド免許剥奪だったので、それに比べればダメージは少ないはずなんですが、それでもいざパトカーに停められて切符切られてご覧なさい、精神的なダメージは相当なものです(貧乏だっつうだけ?)。
しかし、これでずっと気に病んでいたら仕方ありません。無理にでも気持ちを切り替えないと。自分の場合、前回「サキン」で今回「ウキン」なので、これで相殺かなという考え方もありますし、「違反」なだけで人を撥ねたわけでもぶつけたわけでもないということで、少額を納めるだけで済んだという考え方もあります。

人生、普段意識しないような幸せも、逆にこうしたアクシデントがないとありがたみを意識できないのではないかと思います。ということで、自分の日常生活が十分に幸せだということをあらためて認識しつつ、罰金払います(涙)。

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