伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』

作者の伊坂氏は、自分の同級生の中では久保純子氏と双璧をなす有名人であり、だからというわけでは…いや恐らく、無意識に自分と比して成功者を敬遠していたというのが実態だったんでしょう。しかし、ある時遅まきながら彼の『重力ピエロ』を読み、なんだよ無条件に面白いじゃないか。こんなの書ける人間相手に勝手に気後れを抱いているのはアホらしいと吹っ切れたのでした。

もう一作読んだくらいで知った気になるのは早計ではあるのですが、先ずはとにかくテンポがいい。畳み掛ける展開。本作でも、物語の主軸となる案件はたったの数日で完結しており、その中で実にダイナミックに目まぐるしく人が動き、事が動きます。そして作風として、事象にも感情にも偏り過ぎず、また鼻持ちならぬほど気取りもせず、かといって白けるほどに砕けてもいない、絶妙なバランス感覚に裏打ちされています。プロットだけは論理的に隙がありませんとか、どいつもこいつも思ったことをフィルター通さず言ってますとか、そういう自己満足的なところがありません。全ては読み手のワクワク感のために、そしてラストの大団円への収束のために、非常に丁寧に書かれています。

一介の市民が突如として空前の犯罪の犯人に仕立て上げられる恐怖と理不尽さ、そんな中でその”犯人”と昔の恋人とが「決して交わることない」(読んでいて、そうは思えない錯覚に陥りますが)ままに、しかし共に事態を快方に向かわせようと奮闘する姿。彼らが、交わることのないままに互いを信じられることの拠り所として、繰り返し描かれる学生時代のエピソード。そして”犯人”の人柄なり信念なりの許に集まってくる友人、同僚、そして意外な人物から差し伸べられる助けなどが、複雑な織物のように重なります。

そして、スリリングな展開の果てに待っている、驚愕のラスト。途中、事実を淡々と羅列する章が挟まることで、合理的な説明がなされるものと期待していた事件の顛末、全貌が、まさかの…。
もしかして、作者自身に非常に強い思い入れのある仙台という街であったり、ビートルズの曲であったりといったファクター、そしてこれも彼自身の体験なのか、若い時分の忘れ難き良き記憶といったもの達を純粋に紡ぎあげていったら、こんな作品が出来てしまいました、ということなのかも知れないなとも推察。とにかく、読んでる間中「ゴールデン・スランバー」が脳内ヘヴィロテされるのは間違いありません。それだけで泣きそう。あと、せっかくなので彼の原作の中では最も評価が高いと噂される映画版も、いつか観てみたいと思います。

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